Artist's commentary
練習30
描いた日:7月4日
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3枚描いた日のラストです。
確かこれ、制限時間ちょっとオーバーしてます。30分くらいかな。
絵を見直すと、やっぱりこの日はかなり調子が良くなかったんだなと思いました。
絵の中でやってる仕事自体は別に悪くないと思っていて、練習絵シリーズを通して、間違いなく上達はしてるんですね。
ただ、ぱっと見で「かたいなぁ」以外の感想が出てきませんでした。
ずっと自分の課題としてあった、「マネキンのようにかたい問題」というんですかね、デッサン的な絵から逃げられない状態になってる、ってのをこのシリーズのどこかでも書いた覚えがあります。
現時点の自分もそこの課題に明確にぶつかってるんですけど、この絵はもう典型ですね。
もったいない絵です。つまり最初の構想で問題があったということです。
それ以外言えることがない……。アル社長にも申し訳ないです。
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少し前からR18をやっていく上で絵柄固定を考えてまして。
自分、もともと素で描くと、絵が幼い感じになるんですね。
絵が幼いっていうのは、顔が幼くなるってだけでなくて、絵自体の印象がちょっと幼いっていうか。
4コマ漫画とかに載ってる子供向けの絵の印象っていうのかな、もともと自分はそうなるタイプだったんです。
そこで悩んでたんですが、少しは決めなきゃいけないってことで、自分に素直になって見栄を張らず、デフォルメ色強めで挑戦していく絵をぼちぼち描いてもいいんじゃないかなと。
前述のとおり、このイラストでもそうなんですが、ずっと「正しいっぽいカタチ」にとらわれちゃってたんですよね。
でもプロの世界って、「正しすぎるカタチ」に何の意味もないんです。
正しすぎるカタチのままでやってしまうと「上手いね」だけの絵で終わります。
典型的な伸び悩む作家になっちゃう確率が高くなるんですね。
よく掲示板とかで、感想の言い合いで「この作家絵が下手だよね、首の長さとかおかしいし」とかケチつけてたりするじゃないですか。
それは消費者側の感想で、お菓子食ったときに「うまいねー、まずいねー」て言ってるのと同じなんで、それはそれでいいんです。
問題は、作り手側がそれを真に受けちゃいけないってことなんですよね。
どの世界でもそうだと思いますが、プロのレベルっていうのは、素人さんが考えられる範囲の領域でやってないんですね。
自分も今になってわかったんですが、例えば特にR18の漫画家さんとかって、よく見たら明らかに人体のバランスおかしい方って沢山いますよね。
でもそれはデザイン、つまり「意図的」にわざとやってるか、完全に自分の中で割り切ってそういう絵としてやってることが多いんですね。
デフォルメのフェチっていうのかな、それを表現するために「作ってる」んです。
自分も長らく初心者レベルの素人だったからわかりますが、素人さんが判定する絵の形って、頭身バランスが取れてるかとか、そこら辺で「何となく」判断してると思うんですけど、絵っていうのはそもそも「視覚の言語」なんです。
だから「表現したいこと、伝えたいことがまずあって、それがちゃんとできているか」なんですね。
それができていれば「上手い」ってことで良いと自分は思います。
絵が下手だとよく言われるアカギの作者の方とか、どうしてあそこまで売れた作家になったのか、そういうことを分析してみると色んな事実が見えてきます。
絵はそもそも「視覚の言語」であって、それ以上でもそれ以下でもないんです。
コミュにおいての抽象的なツールにしか過ぎないんです。
初心者の人の絵が「下手」と表現されるのは、要はコミュが取れないからなんですね。
会話のキャッチボールができてない状態です。
例えば、かわいく描こうとした女の子の顔にあるパーツの位置や大小の関係がアレだったら、見た人に「これはかわいい顔です」っていう説明がちゃんとできてないんです。
色々とおかしいので、画面の中でただのノイズになっちゃってるんですね。
話にまとまりがない状態なわけで、見た人は一瞬混乱します。
だから見た人に「下手」と判定されるわけです。または目にも留まらずにスルーされるか、気を遣われる確率が高いです。
赤ん坊が「うー」とか「あー」とか言ってるのと同じになっちゃってるからなんですね。
プロポーションがおかしすぎる場合なども相手に伝わらないという意味で同様です。
なので、下手の意味を「形がおかしいから」とかで解釈してしまうのは表層的で、その実態は「伝えたいことをちゃんと伝えられてないから」なんじゃないかなと。
もちろん趣味でやってるお絵かきなら好きに描けばいいのですが、それで飯を食いたい、プロになりたいと考えてるなら、思考のステージをあげていかないといけないわけです。
思考のステージが上がってくるということは、他人の視点や欲求を考慮できるようになってくるということでもありますので、自分の独りよがりな視点から脱却する必要があります。
一流の絵描きさんとかなら、絵は目の錯覚のトリックなので、すぐにどこをどう直せばいいのかとかわかります。
例えば特定のところがおかしかったら、素人さんならそこだけを見てそこを直そうとします。
しかし、レベルの高い絵描きさんはそういう風には絶対に見ないんですね。
絵は画面の中ですべてにおいて相対なので、「ココがおかしく見えるということは……」みたいな感じで、全体を見て、どこを修正してつじつまを合わせていくか、みたいに考えるんです。
こうだからコレはこう見えてしまっているんだな、みたいなのがすぐに大体わかるんです。
線においても形においても色においてもです。
目の錯覚に騙されないわけですね。
パズルゲームと同じなんですよね。国語の論理とか数学とかに良く似てます。
絵を描く行為って自分が目の錯覚に騙されちゃいけないから、工程とか順番がスゴク大事なんだよーってことですね。
プロの人が添削動画でパッパパッパ直していきますけど、あれは慣れてない人とは見方がそもそも違うからできるわけです。
だから絵が上手くなれるかどうかって「モノの見方の前提を変えなきゃいけないことに気づけるかどうか」の部分が大きいと思います。
そんなん普通に練習してて、気づけるわけないんですよ。
自分も色々と気づきだしてやっとわかってきたとき、「ふざけんなよ、なんだそれ」と思ってましたもん。
今年の3月とかに着彩で8~10時間もかかってたのが懐かしいです。あの時は精神やられまくってました。
今は同じ絵を無から生み出すとしても、おそらく2~3時間あれば描けるようになりました(線画でどうしても時間がかかります。線画をちゃんとやる一枚絵の着彩だと、90分を切るのは中々難しいです。厚塗りとかワンドロ用の描き方なら話は別ですが)。
いま、絵の修行について思うのは、頭を正しく使えるかどうか、情報集めや独学ができるかどうか。
結局はそこだなと。
受験と全く同じです。某アニメーターさんも言ってましたが、絵のお仕事って知的労働なので……。
思考をまとめる自戒として、その場で思ったことをそのまま色々書いちゃいました。
なので話にオチはありません。
すまぬ。
